第6回参考情報
- 照葉樹林の北限.
日本が自然植生だけからできていたら,海岸を北上するとずーっと続いていた
照葉樹林がとぎれて,落葉広葉樹林が出てくるというのを見られるかも知れません.
しかし,実際にはそうではないので,難しい問題が出て来ます.
ところがしかし,たとえ実際にそうであっても,問題は単純ではありません.
日本列島付近でも,長期的に見ると寒暖の変化がだいぶあって,照葉樹林帯が
ずーっと南の方にしかなかった時代とか,かなり北まで進出していた時があったなど
だいぶ境界が動いています.このため,地形的に寒かったり,暖かかったりするところがあって
そういうところに,寒地系植物や暖地系植物が遺存していることがあります.
人工的な擾乱がなくても,もともと植物の分布というものはそういうものなのです.
さらに,湿地だとか河原だとか,降雪地帯だとか他の要因も加わって実際の分布が成立しています.
更にその後,人工的な擾乱がさまざまにこれまで続いています.
というわけで,単純な事情では判断できないと言うことを理解していただいた上で,
たとえば,ツバキの北限として次のようなものがあります.
夏泊半島のツバキ 日本海側からの北限
夏泊半島のツバキ 平内町のページ
吉浜の椿自生地 太平洋岸の北限.もう少し北にもあるらしい.
吉浜の椿自生地(写真)
吉浜の椿自生地(地図)
北限の椿油搾油工場
三陸は照葉樹林の植物の北限になります.釜石市の市の木はタブですし,タブはもう少し
北まであって,「ひょっこりひょうたん島」のモデルになったとされる,
タブの大島(船越大島)や
その北側の
船越半島のタブ、
広田半島のトベラ
等いろいろあります.
カラタチなんかも大丈夫のようです.
- 温量指数
いろいろな書物に,発案は川喜田で吉良が発展させた旨の記載がありますが,
引用文献が記されることがほとんどなくて,困りました.
今回川喜田の全集をきちんと調べたところ,経緯が少し見えてきました.
いずれにせよ,戦中,戦後の混乱期であったので,平時の常識は通用しないようです.
書誌事項は全集中から取ったもので,原典を参照したものではありません.
- 昭和17年(1942年)春,...大興安嶺の北部を探検した.
(川喜田二郎,1950:農業・林業の北限および馴鹿飼養の南限などを画する気候的境界線について)
- 大興安嶺探検の後,今西錦司さんから大変な宿題を出された.
「ケッペンの気候区分は...東アジアには適用できない.なぜなのかか考えろ.」
(川喜田二郎,1988:ヒマラヤ・チベット・日本)
- 東アジアの...温帯のあたりまで,植物分布と適合する気候示数は温量指数...
そこまでやって軍隊にとられて...後を友人の吉良竜夫君に頼んだ.
(川喜田二郎,1988:ヒマラヤ・チベット・日本)
- 川喜田は初め「生産温度」と呼んでおり,今西の示唆で温量指数と改め
(高山龍三,1996:大地からの発想)
- 1943年に京都大学へ提出した卒業論文.....に「温量指数」が登場している.
(高山龍三,1996:大地からの発想)
- 大興安嶺探検の報告書の一部として川喜田君が書いた最初の報告は,東京の戦災で消失した.
(吉良竜夫,1996:気候区分事始めのころ)
- 初めて温量指数の着想が印刷発表されたのは,1945年の私の論文.
(吉良竜夫,1996:気候区分事始めのころ)
- 温量指数については,吉良による既発表の論文を参照されたい
(川喜田二郎,1952:農業北限線の問題)
引用文献として以下が掲載されていた
吉良竜夫(1945a)農業地理学の基礎としての東亜の新気候区分.京都大学農学部園芸学教室.
吉良竜夫(1945b)東亜南方圏の新気候区分.京都大学農学部園芸学教室.
吉良竜夫(1948)温量指数による垂直的な気候帯のわかちかたについて.寒地農学2(2),143−173.
吉良竜夫(1949)気候区分の基礎問題.生物科学1(4),193−199.
- 川喜田の卒業論文は当時出版されることはなかったが,紛失した図表等を欠いたまま全集に収録されている.
1943年京都帝国大学文学部史学科地理学教室卒業論文「北部東亜大陸の地政学的一考察ー特ニ開拓ノ将来性ニ就イテ」
というわけで,全集が刊行された現在,温量指数の引用は「川喜田1943」とするのが妥当と考え,そのようにしました.
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上山1969
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生物多様性センターのWebの区分地図
- 石田1991
石田 仁 : 富山県における温量指数と森林の分布. 富山県林業技術センター研究報告5:1-8, 1991.
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願法寺の地図
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願法寺のWeb情報 飯綱町観光協会のページです.この中に紹介があります.
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願法寺の研究書 この中に「枕石山絵指縁起」という項目があります.
- 願法寺の研究論文 林雅彦,日野登,日野秀静.1996.願法寺史.
明治大学教養論集286:65−84.
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正福寺廃寺跡の地図
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飯綱町付近バス路線図
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古町方面路線バス
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倉井方面路線バス
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おまけ:飯綱町の桜の名木
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正面玄関
現行版:2007年8月29日
初 版:2007年8月25日