現代生態学に残されたミステリーを解く: 生物の空間分布に関する一般原理

論文: Yamamura, K. 2000. Colony expansion model for describing the spatial distribution of populations.
掲載誌:Researches on Population Ecology 42, 161-169. [PDF (164KB)] (Copyright by the Society of Population Ecology and Springer-Verlag Tokyo) The original publication is available at http://www.springerlink.com


生態学には物理学や数学に見られるような一般原理はあまり存在しない。しかし,生態学においても「法則」と名付けられている規則がいくつか存在する。「Taylorのべき乗法則」はその一つである。

ある調査区内の個体数を推定する場合,その調査区内のいくつかの小区画で個体数を数えて,その小区画あたりの平均個体数として記録するのが普通である。これら小区画の個体数の平均値を m,バリアンスを s2 とすると,s2m が大きくなるにつれて増加する。しかも s2 の対数値 log(s2) と m の対数値 log(m) の間には直線関係が成立する。この関係はイギリスのロザムステッド農業試験場の Taylor 氏によって 1961 年に発見されたため,Taylor's power low (テイラーのべき乗法則)と呼ばれている。昆虫,鳥類,線虫類から人間の空間分布に至るまで,この直線関係は成立する。なぜ,このような直線関係が普遍的に成立するのか,それを解明しようとして 1970 年代から 1980 年代に多くの人々が数理モデルを作成して研究を行ってきたが,すべての研究者がことごとく失敗した。私自身も1度は不成功に終わっている(Yamamura, K. 1990, OIKOS 59: 121-125)。この法則は当初考えられていたような簡単な問題ではなかったのである。そして 1990 年代にはテイラーのべき乗法則の解明は事実上の「迷宮入り」となり「現代生態学におけるミステリーの一つである」と言われるようになった。 しかし,今回このテイラーのべき乗法則を解明するモデルを新たに考案した。本論文で提案する「コロニー拡大モデル」はシンプルな仮定からテイラーのべき乗法則を導くことができ,しかもテイラーのべき乗法則の持つさまざまな特性を満たしている。

Power law の例

図1.テイラーのべき乗法則の例。静岡県農業試験場で採取されたミカンハダニの木当たり個体数に関する平均分散関係を示す。テイラーのべき乗法則の推定式はs2 = 8.234m1.625(2=0.982)。テイラーのべき乗法則と同様に平均分散関係を記述する式としては巌のm*-m回帰がある。この推定式はs2 = 1.554m + 3.415m2r2=0.965)。一般にテイラーのべき乗法則の方が巌のm*-m 回帰よりも当てはまりが良いことが知られている。 (Copyright by the Society of Population Ecology and Springer-Verlag Tokyo)

巌のm*-m 回帰モデル

m*-mモデル

コロニー拡大モデル

コロニー拡大モデル

図2.コロニー拡大モデルの仮定。円は生物のコロニーを示し,色の濃度はその場所に存在する個体の密度を表現している。巌のm*-m 回帰は,コロニーの平均サイズが常に一定であり,かつ,コロニー数が増加する際にコロニーの空間分布が常に「k 一定の負の二項分布」に従って集中分布するというモデルを想定すれば導くことができる。一方,テイラーのべき乗法則は,コロニーのサイズが可変的であり,個体群が増殖する際に各コロニーの空間的広がりが相対生長的に一定倍に大きくなるというモデルを想定すれば導くことができる。 (Copyright by the Society of Population Ecology and Springer-Verlag Tokyo)