生物拡散に関する「不確定性原理」を解決する方法 (Please click here for English page)

論文:Yamamura, K., M. Kishita, N. Arakaki, F. Kawamura, and Y. Sadoyama. 2003. Estimation of dispersal distance by mark-recapture experiments using traps: correction of bias caused by the artificial removal by traps.
掲載誌:Population Ecology 45: 149-155. [PDF (362KB)] (Copyright by the Society of Population Ecology and Springer-Verlag Tokyo) The original publication is available at http://www.springerlink.com


生物の移動距離を調べるために,生物に標識を付けて放し,トラップを使って離れた地点で再捕獲するという実験がよく行われる。このとき,トラップを数多く設置して多くの個体を再捕獲しなければ移動距離を正確に推定することはできない。しかし,トラップをたくさん設置すると,本来ならばもっと遠くまで移動していたはずの個体をトラップで捕えてしまう。そのため,生物の分散距離を過小に推定してしまうことになる。これは,ちょうど物理学における「ハイゼンベルグの不確定性原理」と似たような現象であることから,Turchin (1998; Quantitative analysis of movement. Sinauer Associates Inc.) はこれを「ハイゼンベルグ効果」と呼んだ。手を加えなければ粒子の飛翔が検知できない。しかし,手を加えると粒子の飛翔が変化してしまう。まさに「ジレンマ」である。このジレンマをどのように解決すればよいのだろうか?

もし,生物の移動がランダムであるならば,このジレンマは「トラップを空間に一様に配置」することによって解決することができる。この論文ではこのアイデアに基づいて推定式を導き,そして,この推定式の有用性を沖縄の伊計島で実際に示してみた。この島ではサトウキビの害虫「オキナワカンシャクシコメツキ Melanotus okinawensis」が問題になっており,その防除対策をたてる上で,個体数と分散距離の推定が重要課題となっている。この島に700個以上のトラップをほぼ一様に配置し,分散距離を推定した。推定された平均分散距離は143.8mであった。トラップによる除去を考慮せずに分散距離を推定した場合には,分散距離を18%ぐらい過小推定してしまうことなどもわかった。

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コメツキ拡散図

図1.捕獲されたオキナワカンシャクシコメツキ個体数の分布 (Copyright by the Society of Population Ecology and Springer-Verlag Tokyo)

除去の影響

図2.式から予測される移動距離の確率分布。400mよりも遠い部分について示す。実線は今回提案した式による計算値。破線はトラップによる除去を考慮しなかった場合の計算値。この図に示されるように,トラップによる除去を考慮しないと,遠距離に分散する個体数を少なく見積もってしまう。害虫や侵入生物の分布拡大速度を予測する上で,このような推定の偏りは場合によっては危険な結果をもたらす。 (Copyright by the Society of Population Ecology and Springer-Verlag Tokyo)


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