医学薬学系での経時測定データの解析法:Key-factor/key-stage 分析の有用性 |
キーファクター・キーステージ分析の活用
キーファクター・キーステージ分析は,もともとは生命表を分析するための記述的なアプローチとしてYamamura (1999) により提案された。しかし,この方法は医学薬学系の実験データを分析する場合にも活用することができる。この分析により,問題とする結果に対してどの要因が大きな影響力を持っているか,そしてその要因はどの時点でその大きな影響を生み出すかを明らかにすることができる。
(例)ぜんそく治療薬の効果についての実験
新薬,標準薬,偽薬(プラシーボ)の三種類の薬をそれぞれ24人の被験者に与えた。症状改善の指標として,呼吸能力(FEV1)を,投薬直前と投薬後1時間置きに8時間後まで測定した。データは Little et al. (2006) による。
従来型の解析手順
Little et al.(2006)は,統計解析パッケージSASを用いて解析を行う場合の典型的な2段階解析手順を示した。まず,分散共分散行列をREMLで推定する段階では5種類の行列を比較し,「AR(1)+ランダム効果」を経験的に選択した。次に,要因効果(薬,時間,薬×時間)を推定する段階では,薬×時間の交互作用が有意であったため,3種の薬毎に別々の直線式を当てはめた。採用されたモデル式は7個のパラメーターを持つ次のモデルであった。
..............................................................(1)
ここに左辺の値yvit は第v 番目の薬剤を投与された中の第i 番目の患者の第t 時点のFEV1測定値である(t = 0, 1, 2,..., 8)。 b0 は投与の直前のFEV1の影響に関する係数である。b1v と b2v は第v番目の薬剤に関する切片と傾きである。uvi は平均ゼロの正規分布にしたがうランダム切片成分である。そして,evit は共分散構造 AR(1) をもつ多変量正規分布にしたがう残差成分である。このモデルから得られる結論は以下のとおりであろう。
結論1:三つの薬の間では切片と傾きの両方が異なるため,三つの薬に対して別々の式を使う必要がある。
キーファクター・キーステージ分析の特徴
上のような従来型の分析方法では,結果を数式でモデル化することには成功しているが,薬剤の特性についてあまり示唆を与えてはくれない。これに対して,キーファクター・キーステージ分析では,観測結果を単にモデルで記述するのではなく,「どの要因がどの時期に働いて8時間後の結果を左右しているか」を追求する。このような見方をすることによって,薬剤作用の重要な特性や患者による個体差の問題が見えてくる。分析結果はキーファクター・キーステージ分析グラフとして把握すると便利である。キーファクター・キーステージ分析のための R 関数や SAS マクロはこちらに掲載してある。
上のグラフから得られる結論は以下のとおりである。結論1:薬剤効果は投与直後にだけ発生し(正の値),その後は薬剤効果は一貫して減衰する(負の値)。結論2:個人差は最初の3時間以内に発現し尽くして,3時間より後には定常状態になる。結論3:個人差の大きさに比べると薬剤効果はずっと小さく,薬剤効果は依然として限定的である。キーファクター・キーステージ分析は,このように理解しやすい結論を与えてくれる。 従来型で求められたモデル(図2)と,キーファクター・キーステージ分析から構築されたモデル式(図4)を比較すると見た目はさほど変わりはない。しかし,従来型の方法で構築されたモデル式(1)ではAICは198.2であるのに対して,キーファクター・キーステージ分析から構築されたモデル式(3)ではAICは194.2である。AICはモデルの予測力の指標であり,AICが小さい方がモデルの予測力が優れている。したがって,キーファクター・キーステージ分析から構築されたモデル(図4)の方が,従来法によって構築されたモデル(図2)よりも,予測力においても優れており,しかも,より解釈しやすい明解な結論を与えてくれる。
キーファクター・キーステージ分析から得られた示唆に基づいてモデルを選択すると,5個のパラメーターを持つ次のモデルが選択される。
....................................................(2)
ここに evit は共分散構造AR(1)をもつ多変量正規分布にしたがう残差成分である。図3は初期の個人差が非常に大きいことを示していた。そのため,個人差が最初にモデル式にb0 + uvi という形で組み込まれるべきである。ここに b0 は薬剤投与前の切片であり, uvi は第v 番目の薬剤の第i番目の個人に対する効果である。図3は薬剤効果が投与の直後にだけ生じることを示していたため,第v 番目の薬剤の第0時点と第1時点の間に生じる効果をパラメーターb1v として組み込むべきである。また,図3は薬剤効果はt > 1 においてその後ほぼ一貫して低下することを意味しているため, b1v は傾き(1 - b2(t - 1))で掛けられるべきである。 この式(2)を整理すると次のように4個のパラメーターしかもたない式(3)が得られる。
....................................................(3)