最初の陸上植物Cooksoniaの化石は、4億年以上前のウェールズの古い岩石から見つかったが(Lang1937、Edwardsら1992)、C4植物の出現は、これに比べれば、つい最近であるようだ。 C4植物は少なくとも30回、18科属に飛び飛びに出現していることから植物の系統発生の過程で多元的に進化したと考えられている(Moore1982)。C4植物が最初に現れた時期については諸説あるが、化石の証拠として、1250万年前の化石(Nambudiri1978)、また、右写真のような中新世(5-700万年前)のクランツ構造を伴う化石が発見されている(Thomassonら1986)。化石土壌の炭素同位体の分析によっても当時の植生を推測することができるが、こちらの方がさらに年代がさかのぼり、1530万年前にC4植物が生育した証拠が得られている(Kingston1994)。Foxら(2003)は、さらにさかのぼり、北米の大草原地帯の化石土壌から、約2300万年前にC4植物を示す痕跡を認めている。 |
![]() クランツ構造が残る葉の化石(Thomassonら1986) |
Ehleringer et al.(1991)は、C4植物の光合成特性から考えて白亜紀以降(6500万年~)に出現したと考えている。近年の分子時計を用いた手法でも、最初のC4植物の出現は、5000~6500万年前と推定され(Jacobsら1999)、これはEhleringerらの説を後押ししている。
恐竜が6500万年前に絶滅したとすると、上記の説では、C4植物は、草食恐竜に食べられることはなかったとなってしまうが、スウェーデン自然史博物館の研究チームが、中央インドに6500-7100万年前に生息した草食性のティタノサウルス属の恐竜の糞の化石からイネ科の仲間に特徴的な微小シリカ構造を見つけたと発表した(Prasadら2005)。白亜紀にはすでにイネ科植物が出現し、多様性も遂げており、この多様性の中にC4植物も含まれている可能性を示唆している。Brown and Smith(1972)もまた、イネ科植物の系統発生から考察して最初のC4植物は白亜紀に出現したと考えている。しかしながら、いまだにC4植物が出現した時期については結論は出ておらず、個人的には、「恐竜もC4植物を食べていた」、「C4植物も白亜紀末の隕石の衝突による「衝突の冬」をどのように乗り越えたのか」などを考えると楽しくなるので、C4植物、白亜紀出現説を推したい気がする。
C4植物の爆発的増加とCO2濃度 -ビアリング(2007、みすず書房)を参考に-
Cerlingら(1997)は、草食哺乳類の歯の化石を分析して、当時にどのような植物が生えていたかを推測した(右図)。なぜなら歯の同位体組成は、動物が食べていた植物の同位体組成(本サイトの【特徴】を参照)を反映するからだ。それによると、800万年前までアフリカやインド亜大陸にいるシマウマやウマのような草食性哺乳類が食べていたのはほとんどC3植物の樹木や灌木だったが、それから100万年のうちに彼らの食性がほとんどすべてC4植物に変わったことを示している。 これまでこのような約700万年前ごろのC4植物の爆発的増加は、大気中のCO2濃度の低下に対応して起こったもの「二酸化炭素飢餓説」と私も考えていたのだが、そんな単純な話ではないらしい。 |
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太平洋南西部の海底から掘削された堆積物コアの海洋性植物プランクトン(Pananiら1999)、気孔(Royerら2001)、ホウ素の同位体(Pearsonら2000)から分析された二酸化炭素の記録によると、500万年から1600万年までの間、二酸化炭素濃度は地質学的には低いといえるレベルをずっと保っていたらしい(下図、矢印はC4植物の爆発的増加)。すなわち、C4植物の草原が広がるより約1000万年前から二酸化炭素は低下していたのだ。では、この時間的なずれはどこから来ていたのか? | |
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最初に森が存在していたとしたら、明るい日光を好むC4植物は、そう簡単に暗い森の中に入っていけないはずである。ではなぜ森がなくなったのか、理由はわからないが、インドモンスーンの影響が強くなって乾燥し、以前は冬に十分な雨が降った場所で雨が降らなくなり(Quadeら1995)、若木が生き残れず、森林の更新ができなくなった(ビアリング2007)。さらにもう一つ、BondとMidgley(2000)は、「二酸化炭素飢餓説」改良し、乾燥によって枯れた季が倒れてつくる空間にC4植物が侵入し、乾季には燃えやすい火種となり、山火事が多くなったことで、C4植物が地下茎から芽生え、焼け跡を埋めて生き、草原が拡大したらしい。確かに世界の植生パターンを考える上で火事の役割は大きく、C4植物の草原が頻繁に火事を起こして森林の発達を遅らせているという証拠はハワイやニューカレドニアで見つかっている(Hughesら1991)。 |
その後は、200万年以降の氷期と間氷期の時期氷期のCO2濃度の低下が選抜圧となって氷期において比較的温暖であった熱帯地方でC4植物が増大したと考えられている(Ehleringer et al.1997)。
現在、人類の活動はこの百万年の間で最も高いレベルである大気のCO2濃度をさらに増加させつづけている。具体的な数値で言うと1750〜1800年のCO2濃度は280ppm、現在では約370ppmとなっている。さらに今世紀の後半には700ppmまで増加すると予想されている。
地球上の植生を考えてみると、CO2濃度が理論的にはC4へと進化した選択的なpressureがなくなりつつある現在の状況ではC4植物が衰退し、C3植物の植生が広がるという見方があるが、温室効果により地表温度も1.5〜4℃上昇すると考えられており(Bolin
et al. 1986, Houghton et al.
1990)、CO2濃度だけでなく多くの環境要因も変化し、その予想は大変困難である。ここでは高CO2環境下で生じるC3とC4植物の反応を一つ一つ分解して考え、将来の植物の植生について予測してみたい。
1.直接的影響
CO2の濃度を350ppmから2倍の700ppmにするとC4植物の光合成は現在のCO2濃度で飽和しており、ほとんど上昇しない。C3植物の光合成速度は@Rubiscoの性質上、光呼吸が減少するため上昇する、また、ACO2分子がRubiscoの活性化部位を増加させることによって50〜60%上昇する。C3植物がCO2濃度上昇を利用できるかどうかは、この上昇した光合成速度を長期間持続できるかどうかにかかっている(Kirschbaum
et al.1995,
Bowes1996)。光合成の維持はひとつは、肥料をうまく使えるかにかかっている。高CO2条件で、土壌に十分の肥料をあたえればC3のバイオマスは増加する(Petterson
and Flint 1990, Drake et al. 1996)が、不足した場合には長期の光合成と成長は減少する(Bazzaz1990,
Stitt1991, Diaz et al.
1993)。よって、多くのC4植物は窒素不足に強いので、高CO2になり、肥料条件が悪くなった場合には、C4植物の方が有利になるのかもしれない。また、長期間高CO2濃度条件に置いた場合、コントロールと同じ程度かそれ以下の速度をしめす場合がある(今井1988、Cure
and Acock 1986)。この低下の要因は@デンプンのクロロプラスト内蓄積によるフィードバック抑制(Sage et al.1988, Woodrow
and Berry1988)、ARubisco活性の低下(Baker and Allen 1993, Besford 1993, Rowland-Bamford
et al.1991, Wong 1979, Yelle et
al.1989)、Bsink-sourceバランスの崩壊によるシンクリミット(Stitt1991)が考えられている。
2.間接的影響1(CO2濃度上昇→気孔閉鎖)
CO2濃度が上昇するとC3,C4植物にかかわらず気孔は閉じる(Akita
and Moss 1972, Monson1987, Norby and O'Neill 1991, Pallas 1965, Rogers et al.
1983)。そのメカニズムについてはまだ完全に解明されていないが、現在のところ、CO2が孔辺細胞のリンゴ酸生成に影響を及ぼす説、孔辺細胞の細胞膜にあるH+ポンプに影響を及ぼす説(Edwards
and Bowling
1985)、孔辺細胞のpHに直接影響を及ぼす説(Blatt1987)などが挙げられている。Monson(1985)によるとCO2に対するC3,C4植物の反応には差はなくCO2が2倍になると両植物とも約40%減少したと報告している。しかし、川満ら(1996)、Hollinger(1987)、Eamus(1991)らのデータによると気孔の反応は種や環境条件によって様々に変化するようである。
3.間接的影響2(CO2濃度上昇→気孔閉鎖→蒸散抑制→葉の水ポテンシャル維持)
気孔閉鎖することで、蒸散は抑制され、葉の水ポテンシャルは高く維持される(Monson
1993, Rozema et al. 1991, Tyree and Alexander 1993)。この現象は水ストレスの耐性につながり(Owensby
et al. 1996, 1997, Chaudhuri et al. 1986, Gifford and Monson 1985, Rogers et
al.1984, Sionit et al. 1981, Tolley and Strain
1984)、半乾燥地帯への分布域の拡大と競合力とを強化させる(Dahlman 1993)。
4.間接的影響3(CO2濃度上昇→気孔閉鎖→蒸散抑制→葉温上昇)
C3植物の場合、葉温の上昇は光呼吸を増加させるが、C4植物では影響が少ない。また、両種で暗呼吸が促進されるため、CO2固定にとってはマイナス要因である。
5.気温上昇の影響
地球の温暖化は高温により適応するC4植物に有利になると考えられるが、温暖の程度よりもっと重要なのは暖かくなる時期である。気候の変化のモデルは冬季や高緯度地域はより温暖化の影響を受けることを予見している(Kattenberg
et al.
1996)。C3植物にとって冬や早春は緩やかな涼しい時期となり、C3植物が活動的な時期となる。スタートダッシュで、差をつけてしまえば、地上、地下圏の勢力争いに勝つことができる。特に光の競合に対して有利となると考えられる。
温暖化によって、もう一つ大きく変化するのが降水量である。地球上の降水量が偏ることにによって、植物が生きていけないレベルまで降水量が減ってしまえば、少しの間気孔閉鎖によって葉の水ポテンシャルが保持されても、意味はない。
CO2濃度が上昇すると1〜5のような現象が起こる。川満(1996)が文献を調査したところ、CO2倍加に伴うバイオマス生産の平均増加割合はC3植物で20〜50%、C4植物では9〜14%の範囲にあった。Pooter(1993)は156の植物種に関して文献調査した結果、C3種は41%、C4植物は22%の増大を認めている。これらの結果は主として最適温度条件下で実施された結果であるが、Idso et al.(1987)は高CO2濃度の影響は高温状態で確立されること明らかにした(19℃以上でプラス)。このようにCO2濃度が倍加すると作物の収量やバイオマス生産が増大するという報告が多い。しかし、2050年までに地球の人口は50%増加すると考えられており(Cassman 1999, Cohen and Federoff 1999, Alexandratos 1999)、作物生産はCO2増加による増収だけではとうてい追いつけないだろう。
C3,C4植物の勢力争いを考えてみると−気温が上昇し、CO2濃度が高くなるとC3、C4植物の光合成と成長は上昇するが、そのギャップは縮まるが、それでも完全にはその差はなくならない(Hunt et al.1996, Grise 1996)。C4植物が高温で、有利なままである理由の一つは暖かい場所により対応した多くの特徴をもつからである。
植物個体としては上記のような反応となると考えられるが、個体数というか生育範囲で考えてみるとC4植物はその生育範囲をより乾燥地域まで広げることができるようになるだろう。C3植物も同様にその生育範囲を広げることができると考えられる。5で挙げたように、日本の春のような季節がある地域では、スタートダッシュでC3植物がC4植物を駆逐する地域もあるかもしれないが、はっきり言って要因が多すぎて、よくわからない。結論はこれからの研究を待つしかない。
参考文献:Sage
and Pearcy 2000 The Physiological Ecology of C4 Photosynthesis In: Leegood et
al. (eds), Photosynthesis: Physiology and Metabolism pp.497-532 Kluwer Academic
Publishers. 高CO2濃度環境と光合成 1996 川満芳信
C4植物は一部の植物を除いてクランツ葉構造を持つ、すなわち、師管と道管が通る維管束を維管束鞘細胞が花環のように包囲し、その外側を葉肉細胞が取り巻いて葉内の気相空間と接している。この構造はすでに1884年にGustaf haberlandtが著書「生理的植物解剖学」に記述していて、とりわけサトウキビや雑穀類の同細胞がこのクランツ状配置をとるのは維管束鞘細胞と葉肉細胞の葉緑体の間には何か未知の分業的役割があるためではないかと論じていた。
C4植物がC4植物として認識される以前から上記の他にも、C4植物の形態の特徴として知られている以下のことが見出されていた。Rhoades and Carvalho(1944)はトウモロコシでデンプンが蓄積する維管束鞘細胞の葉緑体と蓄積しない葉肉細胞の葉緑体が存在すること、Hodge(1955)はトウモロコシの維管束鞘細胞の葉緑体にはほとんどグラナ構造がなく、葉肉細胞の葉緑体はグラナが発達していることを発見していた。
すでに全植物界におけるカルビン‐ベンソン回路の普遍的存在が認められつつあった頃、ハワイのサトウキビ栽培協会試験所のHugo Kortschakらはサトウキビの葉にも同経路が働いていることを示そうと、14CO2光合成実験を行った。ところが、彼らの予想に反して、その初期産物はPGA(炭素数3個のモノカルボン酸)や中間代謝物である糖リン酸化合物ではなかった。 この結果は1954年に研究所の年報に報告された。その後数年間の実験によりサトウキビ葉では光合成的14CO2固定初期産物はおもにリンゴ酸はアスパラギン酸など(炭素数4個のジカルボン酸、C−DCA)であり、カルビン‐ベンソン回路の初期産物であるPGAや糖リン酸化合物は、むしろC4化合物から14Cを受け取り、最終的にスクロースやデンプンが作られるという結論に達した。1960年ロシアのYuri Karpilovも同様のことをトウモロコシで見出していたが、多くの人の知るところとはならなかった。
1965年、アメリカの植物生理学会誌に発表された彼らの論文(Kortschak, H. P., C. E. Hartt and G.O. Burr 1965 Plant Physiol. 40: 209- )は大きな反響を呼び起こした。翌年オーストラリアの精糖会社研究所のHatchとSlackはこれを追認し、さらに14C−固定産物内の14C分布を調べ、反応系に関与する諸酵素を明らかにするなど綿密な生化学的検討を加え、ここに光合成のC4ジカルボン酸経路と呼ばれる新しい炭酸固定経路を提唱したのである。彼らはこの経路を持った植物はサトウキビのほかにもトウモロコシ、カヤツリグサなどの単子葉植物、アオビユなどの双子葉植物にも見出されることを示した(Hatch, H. D. and C. R. Slack: Biochem. J., 101: 103-)。彼らが名づけたC4ジカルボン酸経路はハッチ・スラック経路とも呼ばれる。
C4光合成経路がすべてのC4植物で必ずしも同一でないことは早くから気付かれていた。NADP-ME型C4植物の葉肉細胞葉緑体にはNADPリンゴ酸デヒドロゲナーゼ活性が強く、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ活性が弱いので14CO2固定初期産物はリンゴ酸が多くなる。NAD‐ME、PCK型では葉肉細胞(細胞質)および維管束鞘細胞にはアスパラギン酸やアラニンのアミノトランスフェラーゼ活性が強く14CO2固定初期産物はアスパラギン酸であり、3つのサブタイプが確立される(Hatch et al. 1975)まではNADP-ME型はリンゴ酸型とNAD‐MEとPCK型はアスパラギン酸型となっている論文もあった。
1980年代に入り、Hattersleyら (1983,92)は形態を観察する中で、C4サブタイプの形態の違いを見出し、草本の属を3つのサブタイプに分類した。そして今ではほとんどの草本がC3植物かC4サブタイプの一つに分けられてい る(Sage et al. 1999)。
2001年には形態に関してこのような論文もありました。
典型的なC3植物であるタバコで茎と葉柄の木部と師部を囲んでいる細胞でC4光合成の特徴が見られる(C4光合成に特有の酵素活性が高い)こと、またこれらの細胞で光合成に使われる炭素原子は気孔からではなく維管束系から供給されていることを示した。上記のような細胞では木部と師部から得られる炭素原子4個を含む有機化合物を脱炭酸して光合成に使うことができる。そして、個人的に過大解釈するとこの茎、葉柄での現象が葉に広がったのがC4光合成ということになる(直接的にそのような進化の過程は証明されていない)。「Characteristics
of C4 photosynthesis in stems and petioles of C3 flowering plants」 Juliqn M. H. and W. P. Quick(2001) Nature 415:451-454